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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)599号 判決 1960年9月14日

被告 第一信託銀行

事実

原告は「被告は原告に対し、金一、〇六四、四〇一円及び内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和三二年一一月三〇日より完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。その請求の原因は次のとおりである。

「原告は酒類販売営業を営み、その営業上の収得利益の一部を昭和三〇年二月頃から被告銀行に対し「森ますを」名義で預金していたが、原告は被告銀行に対し「森ますを」名義で普通預金契約を締結し、昭和三〇年四月二八日から昭和三三年二月五日までに総額一、〇〇七、七二八円の預入れをなし、これに対する預金利息は金一四、〇九二円であるから合計一、〇二一、八二〇円の預金債権を有していたところ、被告銀行は原告の払戻の請求に対し、昭和三二年四月二一日までに数回に亘り合計金九五七、四一九円の払戻をなしたが、残額六四、四〇一円の払戻に応じない。また、原告は被告銀行に対し、昭和三二年十一月二九日、前同様「森ますを」名義で、金額一、〇〇〇、〇〇〇円、預金期間昭和三二年一一月二九日まで、利息年六分の約定で定期預金契約を締結し、同日右金員を預入れたが、被告銀行は原告が昭和三三年一一月三〇日なした払戻の請求に対し応じない。よつて、原告は被告銀行に対し、普通預金残額六四、四〇一円、定期預金一、〇〇〇、〇〇〇円、合計一、〇六四、四〇一円及び定期預金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和三二年一一月三〇日から完済まで約定利率年六分の割合による利息の支払を求める。」

被告は答弁として、「被告銀行大阪支店に預金者「森ますを」名義の原告主張の如き内容の定期預金、普通預金(但し、普通預金の残高は昭和三二年四月二一日当時は原告の主張するとおりであるが、現在残高は金六七、〇一四円である。)が存在することは認めるが、原告その余の主張事実は争う。」と述べた。

理由

「森ますを」名義の原告主張の如き内容の普通預金が被告銀行に存在し、その昭和三二年四月二一日当時の預金残高が金六四、四〇一円であること及び「森ますを」名義の原告主張の如き内容の定期預金が被告銀行に存在することは当事者間に争がなく、証拠を綜合すると、昭和三〇年当時被告銀行に勤務していた訴外I子が、その母T女原告の妻森益尾を通じて、当時酒類販売業を営んでいた原告に対し被告銀行に預金することを勧誘したところ、原告は営業上の収得金の一部を被告銀行に預金し、営業に失敗した際債権者から追及されることを慮り預金名義人を妻森益尾にすることに決し、妻森益尾、訴外T女を経て、右I子に対し、妻森益尾名義を以て普通預金の預金手続をすることを依頼し、その第一回の預金として営業の収得金の一部である金六〇、〇〇〇円と森益尾の印鑑を同人に手交したが、右I子は、原告の妻森益尾の公簿上の氏名を知らないところから、名義人を「森ますを」として昭和三〇年四月二八日被告銀行平野町支店において、本件普通預金の預金手続をなし、以後昭和三三年二月五日まで前同様右I子が原告の依頼によつて総額一、〇〇七、七二八円の預入行為をなし、「森ますを」名義の普通預金通帳は森益尾の印鑑とともにそのつど訴外T女、森益尾を経て原告に交付されたこと、原告は「森ますを」名義の普通預金をした前記の経緯から、原告の妻森益尾、訴外T女を通じて前記I子に対し、前同様妻森益尾名義を以て金額一、〇〇〇、〇〇〇円の定期預金の預金手続を被告銀行大阪支店においてなすことを依頼し、その資金と森益尾の印鑑を同人に手交したところ、右I子は昭和三二年一一月二九日前同様「森ますを」の名義を以て被告銀行大阪支店において本件定期預金の預金手続をなし、「森ますを」名義の定期預金証書は森益尾の印鑑とともに訴外T女、森益尾を経て原告に交付されたことを認めることができ右認定を左右するにたりる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、本件普通預金及び定期預金について、自から預入金員を出捐し、自から預金者たる意思を以て訴外I子を使者として、被告銀行との間に預金契約を締結しながら、営業失敗の際債権者からの追及を免れるため妻森益尾の印鑑を使用し、森益尾の氏名と社会観念上同一性が認識しうる「森ますを」名義を使用して預金者が森益尾であることを仮装したものであるから、原告は本件普通預金及び定期預金について、その預金債権を妻森益尾に帰属させる真意でないことを知りながら預金名義人を「森ますを」すなわち森益尾とする意思表示をして被告銀行との間に預金契約を締結したものであつて、その関係は森益尾の代理人としてなした契約の虚偽表示というべく、従つて預金名義人が仮装された事実について、原告と被告銀行とが通謀したか、または被告銀行が知り、または知りえた事実がなければ、民法第九十三条の規定により本件普通預金及び定期預金の預金債権は預金名義人たる森益尾に帰属するものというべきである(昭和一六年(オ)第五〇九号同年一二月一二日大審判決、昭和一三年(オ)第一一一二号同年一二月一七日大審判決大審民集一七巻二六五一頁参照)。ところで、原告は本件普通預金及び定期預金の預金名義人を「森ますを」すなわち森益尾と仮装した事実について、原告と被告銀行とが通謀したか、または被告銀行が知りまたは知りえた事実についてはなんらの主張立証をしないのであり、また本件全証拠によつても認めえないのであるから、右預金債権は預金名義人たる森益尾に帰属すべく、原告に帰属するいわれはない。従つて原告が被告銀行に対し本件普通預金及び定期預金債権が原告の債権であるとしてその払戻を求める本訴請求は理由がないというべきである。

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